「竜崎?」
「? 何か言ったかい? 月くん」
「いえ‥」
Lが不慮の死をとげて幾日かたったある日のことだった。
L、ワタリ亡きいまこの本部にいられる日もあとわずかだ。
他の場所に移動してもつつがなく捜査が機能できるように、月はシステムの移動を連日行っていた。
「少し疲れているんじゃないか? ここは僕らにまかせて休むといいよ」
松田が心配そうに月の顔を覗きこむ。
「そうするといい。根を詰めるのも身体に毒だ」
腕を組みもっともだと、頷きながら相沢が同意する。
「はあ‥。じゃあお言葉に甘えようかな」
月が照れたように笑いながら席をたった。
仮眠室に向かいながら月は憎々しく顔をゆがめる。
心配だと? 笑わせてくれるじゃないか。クズどもめ‥。
亡くなって数日はLを無事しとめたことに満足し高揚していた月だったが、
日がたつにつれある種の喪失感を感じていた。
月がもう存在しないはずのLの姿をそこかしこに見かけるようになったのは、その頃だった。
仮眠室のドアを開け、月は思わず息をのんだ。数台並ぶベッドの一つにちょこんとLが腰かけている。
先程の本部室にもじっと立って自分を見ていた。そして、ここにもいるのか。馬鹿な、と月は頭を振る。
「リューク、いるんだろ」
黒い人影がぬそりと揺れる。死神リュークだ。
「お前には見えるか? 奴が」
月は件の方向を指し示す。はぁん?と面倒臭そうに死神はその方向を眺める。
「さあね。月が見えるってんなら見えるんだろうな」
死神はニヤニヤ笑いながらどうとでもとれる事を言う。
月はそんな死神にカチンときたが、死神がふざけているのはいつものことだし、この世の者ではない相手に本気になっても仕方ないと心を静めた。
あの日、自分の策略どおりLを死に追いやった。骸になりつつある彼の身体を真っ先に抱き留め、永遠の眠りにつく様も抜かりなく確認した。
見えるはずのないものだ。だとすると。
「幻覚」
誰ともなしに呟く月。
「幻覚だなんて失礼ですね」
Lの幻が奇妙な実在感をもちながらふわりと浮かんだ。
「しゃ、べった?」
「喋りますよ、それは。何のための口ですか」
やれやれとLは肩をすくめる。
「復讐か? とり殺しにきたのか」
「実体がなくてどうやって殺せるんですか。可愛いことを言いますね」
Lはチェシャ猫の様に口角だけをあげニヤリと笑った。生前以上の薄気味悪さに月は身震いする。
死神が頬杖をつき寝そべった恰好で浮かびながら面白そうに見学している。
「それにね」
笑顔を張り付けながらLは続けた。
「君のロジックは穴だらけなんです。私が手を下さずとも、じきに墓穴を掘るに決まってます」
「だ、黙れ! このいきぞこないが! 消えろ! 大人しく成仏しろ」
「ぶはっ! 面白くなってきたなあ! オイ」
動揺する月が楽しいのか死神は腹をかかえて盛大に笑っている。
ふわりふわりと近寄ってくるLに追い立てられ月は壁際に座りこんだ。
ガチガチと歯を鳴らしながら固く目をつむる。
「殺しておいて成仏しろ、だなんて酷いです」
目を閉じているはずの月の瞼の裏に、ぷっと頬を膨らませているLがありありと浮かぶ。たまらず目を開けると、寸分違わぬLの顔が月の目の前にあった。
「な、何だこれは」
「いつでも一緒なんですよ、夜神くん」
月はパチパチと瞬きを繰り返す。目の前のLはまるで変わらない。
「何の、何の為にこんな‥! 僕の最期を見届けるまで‥か?」
「最期まで見届けて欲しいのならそうしますけど」
人差し指を唇にあてLは小首を傾げた。
「ふざけるなッ!」
「そんなに直情でどうしますか」
Lは目を細め月の髪に手を伸ばす。ビクリと月は身を竦めるがLの手に感触はない。
「そんなふうだから」
フワリと髪を撫でる動作をする。風が動く。
「放っておけないんだ、夜神月。お前が」
「‥竜崎?」
Lは月を抱きしめる。生暖かい風が月を優しく取り囲む。
月は不思議とそれを心地良く感じていた。
Lは月の耳元に口を寄せ囁く。
「心配だ」
Lの言葉が月の心にすっと沁みこむ。水面の波紋のように広がっていく。
先程の松田と同じ言葉だ。でも何故か。
嬉しい、と感じてしまって月は大急ぎでそれを打ち消す。
殺した相手を心配するなんて全くおめでたい。
第一、新世界の神なる僕に何の気がかりがあるものか!
「この世で待つのもあの世で待つのも、たいして違いません」
Lがつづける。
「君が地獄に堕ちる日もそう遠くはないでしょうからね」
さらりと月の髪をかきあげる動作をする。一筋の風が流れ月の髪がなびいた。
「竜崎、知らないのかい?」
月がくすりと笑った。
「何でしょうか?」
「あの世には天国も地獄もないんだよ」
「物知りなんですね、夜神くん」
Lは感心しているのか馬鹿にしているのか、大げさに頷きながら聞いている。
死神もニヤニヤ笑いながら月の言葉を聞いている。
「でも良かったです。実は気になってました」
「何がだ?」
「きっと私の行き先は天国でしょうから。地獄の夜神くんとは離れ離れになってしまうなぁ、どうしようかと思っていました。」
「それは、ちょっと‥。図々しいんじゃないか‥」
何でですか?とLはきょとんと首を傾げる。それから柔らかく笑った。
「安心してボロをだすといいんです。待ってますから、近くで」
不愉快そうに顔をしかめ月は言う。
「あいにくだけど僕は当分逝く気はないよ。やるべきことがたくさんあるからね」
「ですから待ってます。待つのは苦手ですが何てことありません」
Lは月の唇にそっと口付ける。実体はないはずなのに何故か体温のようなものを月は感じた。
その温かさに甘い幸せを覚える。
そんな筈はない! そんな筈は‥
否定すればするほど幸福感が月の胸の中で膨らみ、彼を優しく包み込む。
今まで味わったことのない甘い痺れに月は戸惑っていた。
「あっという間です。きっと」
「‥勝手にしろ」
自分の中に芽生えた感情に苛立ち、月は横を向いて早口で言った。
「むろんそのつもりです」
Lは慇懃に頷く。
「‥オモシロ」
一分始終を見ていた死神が尻を掻きながら愉快そうに呟いた。
******おわり